生きることを「効率化」して、何になる?
映画は1.5倍速で見る。
本は要約動画で済ませる。
ランチは完全栄養食で2分で終わらせる。
Robot(機械・冷徹) タイプの皆さん、お疲れ様です。
タイムパフォーマンス(タイパ)至上主義の世界で、さぞかし効率的に生きていらっしゃることでしょう。
でも、最近「なんだか虚しい」「何のために生きてるんだっけ?」と感じていませんか?
それが「タイパ疲れ」です。
「無駄」を削除した結果、人生がスカスカに
タイパとは、分母が「時間」、分子が「成果(情報量や快楽)」の計算式です。
この数値を上げようとすれば、全ての体験は「情報処理」になります。
映画:ストーリーを知るだけの情報処理
食事:栄養を摂取するだけの給油作業
会話:結論だけを交換するデータ通信
しかし、人生の豊かさは、実は「分母(かけた時間)」の方に宿ります。
あてもなく散歩した時間。
友達とどうでもいい話で笑い転げた時間。
映画の退屈なシーンで感じた「間」。
これらを「無駄」として切り捨てたあなたの人生は、効率的に要約されたあらすじのようなものです。
内容は分かるけど、心は一つも動かない。
「コスパ」で測れないもの
実は、Taker(搾取・強欲)属性が強い人ほどタイパ疲れを起こしやすい傾向があります。
なぜなら、彼らは常に「自分がどれだけ得をしたか」で体験の価値を測ろうとするからです。
たとえば、2時間の映画を観て「感動した」だけでは「成果」として計上できません。
だから倍速で観て、浮いた1時間で別の映画を観る。2本分の「あらすじ知識」を得たほうが「お得」だと錯覚するわけです。
しかし、こう問いかけてみてください。
「最後に心から感動した体験は、いつですか?」
おそらく、それは効率とは真逆の「没入」の中にあったはずです。
夢中で読んだ小説。時間を忘れた友人との深夜の語り合い。行き先も決めずに降り立った知らない駅。
どれも「タイパ最悪」の体験ばかりでしょう。
結末を急ぐな
人生を究極まで効率化するとどうなるか?
「生まれてすぐ死ぬ」のが、最もタイパが良いことになります。
時間コストゼロで、完全な静寂(ゴール)に到達できるわけですから。
私たちが生きているのは、結末を知るためではありません。
プロセスという「無駄」を味わうためです。
SNSのショート動画を何十本も流し見するより、一本の映画を暗い映画館で2時間かけて観た方が、10年後に残る記憶は圧倒的に後者です。
タイパ至上主義者は、この「記憶に残る体験」という指標を完全に見落としています。
「無駄な時間を過ごしてしまった」と後悔する。その後悔すらも、生きている証拠です。
AIが最適解を弾き出す時代に、非効率に悩み、非合理に笑い、無意味に泣く。
それが「人間である」ということの、唯一にして最大の特権です。
たまにはスマホを置いて、倍速再生をやめて、ぼーっとしてみてください。
「時間を無駄にした!」という焦燥感こそが、今のあなたに一番必要な「人間らしい感情」かもしれませんよ。
効率化していいのは仕事だけです。人生まで効率化したら、残るのは虚無だけですから。

